私の月はハードアスペクトしかありません。
それもあって、厳しめの感情体験を多くしてきたとは思います。
占星術を知った頃には、過去の苦しさの原因をずっと外側に探して、全部親や環境のせいにしたこともあります。
そして一時期は、自分が月になろうとしたり、
逆に、月を無いものにしようとしたことも。
それからは、月に寄り添い、月を癒そうと色々してきました。
満たされなかった気持ちを理解したり、
感情を客観視する練習をしてみたり、
他人に求めすぎないようにしたり、
月の欲求を自分で満たしてあげたり。
それで以前よりは自分の感情を扱いやすくなった部分もあります。
でもまだ触れていなかった部分があることに気がつきました。
それは、自分の月の“嫌”な部分、
“未熟”と感じている部分を自分が隠してきたことです。
人に見られたくない自分の弱さ。
自分のキャパシティ以上に無理をしてしまう自分。
自分の気持ちを素直に出せないこと。
私の月が何となく分かりますか?
山羊座の月、3ハウスにあります。
私はずっと無意識に、そういう部分を見せないように生きてきました。
でも最近ふと、月を癒したり満たしたりすというのは、
“出来の悪い自分”と感じている部分を認めることが大きいのでは?と感じるようになりました。
出来の悪い自分に対して厳しすぎるところ。
ネガティブな反応。
誰に求められているわけでなくても、架空の完璧を求めるところ。
そんな反応が出た時には、それも自分の一面としてノージャッジで受け止める。
それを危険だと感じたいつかの自分を、今度は自分が守ってあげるように、自分の気持ちをただ受け止める。
もちろんそれも大切ですが、私がしていなかったことは、
自分の弱さを取り繕わず、そのまま出してみるということでした。
その一つが発信です。
このブログを始めたのもその一環です。
まだ、占星術というツールを使って本来の自分につながるという名目があるので1年以上続けられていますが、自分の考えや感じたことを言葉にするのは、自分にとってはとても勇気のいることです。
なぜなら、幼い頃から自分の意見は未熟なものとして扱われ、価値のないものとされてきたからです。
自由な発言が許される環境ではありませんでした。
私の太陽は双子座なのですが、
頭の中ではいつも何か考えているのに、山羊座の月がそれを表現していいよとゴーサインを出しません。
ノートに書き出したりもいいですが、それだと怖さはなくて、
人目に触れるところでの発言をすることにしました。
これは完全に自分の月の癒しのために、ブログとは別にスレッズで実験的に書き始めたところです。
内容は占星術でもなく、ただのつぶやき。
誰かに有益な情報でもなく、
思考の断片のような完全自己満足の世界。
それは一番山羊座の月が苦手な「無意味なこと」です。
そこを敢えてすることが、自分の中の無意味と感じている部分さえ「これも自分」と認められるようになる練習になると思っています。
一番自分が嫌いで、未熟だと感じていて、自己否定しがちな恥ずかしい自分をさらけ出してみる。
今はまだ実験中。
もちろん、苦手を克服しようとは思っていません。
ただ、どんな自分にも存在していいよと許可を出せるようになるための実験です。
毎日投稿もしていないし、
口調もぎこちなかったり、
こんなの書いて何が面白い?
と自分自身にジャッジが入りつつも、
とりあえず完全に止めずに完全にやろうとせずにやってみています。
隠し続けるということは、そんな自分を「存在してはいけないもの」にしているということです。
でも、嫌な部分も、未熟な部分も、
全部ひっくるめて「これも自分」と認められた時、
ずっと緊張していたものが少し緩むような感覚があります。
月を消して太陽になっていくのではなく、
月も含めた自分で太陽を生きていく。
たった一言のつぶやき、しかもほとんど見られない投稿。
人によっては、「そんなことに勇気いる??」と思うかもしれません。
でも月山羊3ハウスの私にはまだまだ苦手なことです。
だから少しずつ実験中です。
不完全でもとりあえず出してみる。
その時に出てくる心の葛藤や怖さなどの感情に寄り添ってみる。
「出てきても私が受け止めてあげるから大丈夫だよ」と実感させてあげる。
私の場合はこれが発信となっていますが、
もちろんやり方や場所は人それぞれだと思います。
大切なのは無理に人にさらけ出すことではありません。
自分の許容量を見ながら少しずつ外に出してみること。
そこで出てくる恥ずかしさや、不甲斐なさや、隠したくなる気持ちも含めて「ま、これも自分か」と受け止めていくことなのかなと考えています。




