自分の中に隠された感情。
それは皆持っていて、生きている以上、常に何かしら出てくるものだと思います。
「そんなのない」という人は、多分まだ気づいていないか、感情の取り扱いがとても上手な人なのかもしれません。
今回の蠍座満月がわたしに見せてきたものは「不信感」というテーマでした。
1週間くらい前からそのテーマに関するモヤモヤが、色んなものを通して浮かび上がってきていました。
例えば、仕事に関することで言うと「顔を出すことへの不信」です。
抵抗感というよりも「顔や名前、プライバシーは出すのは危険」という考えがガッチリと根付いていた感じ。
オンライン鑑定の予約ページでは、はっきりと“顔出し無しです”と書いていました。
ただ、鑑定を受けてくださった方々は、そのフレーズには特に気づかずカメラをオンにされていました。聞いてみると、どちらかと言えばやはり顔が見れた方が安心できるとのことでした。それを聞いてわたしはハッ😲としました。「わたしは顔が見えない方が安心できる」ことの方が当たり前だったからです。
まわりの人にも聞いてみると、
- どんな人か分かった方が安心
- 表情から読み取れるものがある
- 顔を出すのが当たり前と思うから逆に何で出さないのと思う
- 実在する相手がいるという安心感がある
なるほどー。
確かに、ユーチューブで顔出しして話すとかそういうレベルではなくて、一対一の閉じられた状況なのにわたしの感じ方は異様なのかもしれない・・・。
「顔を出してお話しする」ということを考えた時に浮かび上がってきたものは昔のトラウマでした。
19~20歳の時に経験した1年間ストーカー被害。それで人間不信になったことがありました。
いつ出没するか分からないつきまとい行為、昼夜を問わない電話攻撃、一方的に好意を向けられたかと思えば敵意に変わり、どこから情報が洩れるかとこちらは疑心暗鬼。当時の警察は見回り以上のことはできず、親にはわたしに隙があるからこういうことになったと言われ、自分の身は自分で守るしかありませんでした。
結果的に、大学在学中に長期留学&その間に実家が引っ越ししたことで物理的距離が生まれ被害は無くなりましたが、珍しい苗字から電話帳ですぐに電話番号や住所はバレるし、色々とプライバシーの怖さが身に染みた経験でした。
あの時、「自分で自分を守るしかない」究極のサバイバル状態で、外に出れば「全員敵」と思って生きていました。
時は経ち、今は極限状態ではないのに、心の奥底に「自分以外は誰でも敵になりうる」という強い感情は残っていたようです。だから「顔出し」で迷うはずもなく、顔出しなし一択だったのです。
ここにきて、外側の意見が耳に入ってきて、聞く耳持てたということはこの感情にアクセスする時が来たんだなと感じました。
で、蠍座満月のチャートを読んでいるとまさに自分の感じていたこととテーマがドンピシャで、「これはこの感情を昇華する時が来てるな」と感じました。
気付いたことは、
お金を払って来てくれる相談者さんのことまでも、どこかで警戒している自分がいたということ。
それは自分自身のことも信じれていないということに繋がっているということ。
なぜなら、その体験で得た不安な感情だけに囚われて判断しているから。ウン十年もの時が経っていて、その間に素晴らしい人間関係も築いてきたのに、ベースはずっと過去の体験に居座り続けることを選択していた自分。そしてそのフィルターで世界を見て、新しい自分になることも受け入れられないでいた、つまり今と未来の自分の可能性が信じれていなかったということ。
嫌な感情はずっと永遠に持ち続けたいわけがありません。
だからといって感情は「はい!忘れる!手放す!」なんて単純なものでもありません。
全てにタイミングがあり、それに向き合う準備ができたと思えて初めて向き合えます。
それがわたしにとっては「今」だったということ。
今回の蠍座満月では自分が信じ込んでいた過去の感情の解放ができたんじゃないかなと思います。
過去の出来事が自分を苦しめていたのではなく、自分が未来を生きようとする自分の選択を阻み、自分自身を苦しめていたことに気がついた。というわたしの満月のお話でした。
📝補足:顔を出すことは信頼の上に成り立つコミュニケーションの一部として必要だな、と感じることができたのでオンライン鑑定ではひとまず、最初と最後はご挨拶の意味を込めて顔を出していきます。無理せず、鑑定に支障が無いように段階的にやっていきたいと思います。